※この記事は2025年10月18日に訪れた際の記録です。
寿康宮(じゅこうきゅう)は、故宮の西側に位置する皇太后の宮殿です。
乾隆帝が母・崇慶皇太后のために建てました。
紫禁城の外朝を抜け、内廷の奥へ。
喧騒から一歩離れた瞬間、まるで空気が変わるような静けさに包まれました。
太和殿のような圧倒的なスケールとはまったく異なる、皇太后の暮らしの場。
穏やかな時間が流れていました。
寿康宮の外観|静けさと優雅さが共存する空間
外壁には、蓮や牡丹、水鳥などを描いた色鮮やかな装飾が施されています。
中国の伝統装飾では、花や鳥などのモチーフに吉祥の意味が込められることがあります。
淡い桃色の壁に、青や緑を基調とした装飾。
派手さではなく、品のある華やかさが印象に残りました。

蓮は清らかさ、水鳥は調和、波文様は永続を象徴する吉祥装飾。

牡丹は富貴と栄華、唐草は永続を象徴する吉祥装飾。
寿康門(じゅこうもん)|「寿康」の名にこめられた五福
寿康宮の入口にある「寿康門」。
赤い門の中央には、「寿康門」と書かれた扁額が掲げられています。
寿康宮は、乾隆帝が母・崇慶皇太后のために建てた宮殿です。
「寿康宮」という名前も、乾隆帝が選びました。
「寿康」には、長寿と安康という意味があります。
その背景には、中国で古くから大切にされてきた「五福」という幸福の考え方があります。
『尚書』に記された「五福」
中国の古典『尚書』の「洪範」には、人の5つの幸福を表す「五福」が記されています。
- 寿……長生きすること
- 富……豊かであること
- 康寧……健康で穏やかに暮らすこと
- 攸好徳……徳を好み、よい行いをすること
- 考終命……天寿をまっとうすること
「寿康」の二文字は、この「寿」と「康寧」に通じています。
長生きすること、豊かであること、健康で穏やかに暮らすこと、徳を大切にすること、そして天寿をまっとうすること。
古代中国で考えられていた「幸せ」が、今とそれほど変わらないのも興味深いところです。
『尚書』は皇室の教養でもあった
『尚書』は、儒教の基本的な古典「五経」のひとつです。
清朝の皇子たちは幼いころから中国古典を学び、『尚書』もその中に含まれていました。
乾隆帝も皇子時代から、こうした古典を学んでいます。
「寿康宮」という名前には、さらに古い歴史があります。
故宮博物院の研究によると、金代や南宋にも「寿康宮」という名の宮殿がありました。
長寿と安康を願う「寿康」。
乾隆帝は、母・崇慶皇太后のために建てた宮殿に、この名を選びました。
そして、華やかな赤い門をくぐると、その先には皇太后の暮らした空間が続きます。

皇太后の住まいへ続く門。
黄色の瑠璃瓦がその格式を物語っています。
正殿前の御路石|皇太后の宮殿に残る格式
正殿の前にある、一段高く造られた広い石造りのスペースが「月台(げつだい)」です。
その月台へ上がる階段の中央にある、白い石のスロープが「御路石(ぎょろせき)」。
御路石は、宮殿の階段中央に設けられる石で、龍や鳳凰、祥雲などの吉祥文様が彫られ、宮殿の格式や尊貴さを表す装飾として用いられました。
寿康宮の正殿にも、月台の中央に御路石が設けられています。
黄色の瑠璃瓦に、華やかな柱や斗栱。
太和殿のような壮大さとは違いますが、皇太后の宮殿らしい品格を感じる場所でした。

外朝とは異なる、静かな時間が流れていた空間。
正殿内部|皇太后が朝賀を受けた場所

中央に皇太后の宝座と屏風、上部には乾隆帝御筆の「慈寿凝禧」の扁額が掲げられています。
崇慶皇太后が暮らした乾隆年間の正殿を再現した展示です。
寿康宮の正殿は、皇太后が皇帝や皇后などから正式な祝賀を受ける「朝賀(ちょうが)」の場でした。
正月などの特別な日には、乾隆帝が王公や大臣たちを率いて寿康宮を訪れ、皇太后に祝賀の挨拶をしました。
日常の挨拶は「問安(もんあん)」と呼ばれます。
乾隆帝は2〜3日に一度、母・崇慶皇太后への問安のために寿康宮を訪れていました。
正殿の中央には、皇太后の宝座と屏風が置かれています。
上に掲げられている「慈寿凝禧」の扁額は、乾隆帝の御筆です。
「慈寿」は皇太后の長寿、「凝禧」はめでたい幸福が集まることを表します。
「寿康」という宮殿名と同じように、ここにも皇太后の長寿と幸福を願う言葉がありました。
現在の室内は「原状陳列」
現在見学できる寿康宮の室内は、「原状陳列」と呼ばれる展示です。
原状陳列とは、家具や調度品を宮殿の中に配置し、当時の空間や暮らしがわかるように再現する展示方法です。
寿康宮では、乾隆帝の母・崇慶皇太后が暮らした乾隆年間の様子を再現しています。
正殿には「慈寿凝禧」の扁額、対聯、宝座、屏風などが置かれ、寝殿には皇太后が実際に使った机や椅子、榻(とう)、棚なども展示されています。
榻とは、腰掛けたり横になったりするための、中国の伝統的な家具です。
寿康宮は長い間、文物の収蔵庫などに使われていたため、乾隆年間の室内がそのまま残っているわけではありません。
当時の調度品の配置を記した「陳設档案」も残っていないため、故宮博物院が残された文物や史料を調査し、崇慶皇太后が暮らした時代の空間を再現しています。
乾隆帝が母の80歳を祝った宝座と屏風
正殿中央の宝座と屏風にも、乾隆帝と崇慶皇太后にまつわる話が残っています。
乾隆帝は、母の80歳を祝うために新しい宝座と屏風を作らせました。
屏風には、中国の伝統的な織物「緙絲(こくし)」が使われています。
緙絲は、色の違う部分ごとに糸を織り分けて文様を表す、とても手間のかかる織物です。
この屏風を手がけたのは、蘇州の職人たち。
描かれている「海屋添籌(かいおくてんちゅう)」も、長寿を祝う吉祥文様です。
宝座と屏風は1771年、寿康宮の正殿に置かれました。
「寿康」という宮殿名。
乾隆帝御筆の「慈寿凝禧」。
そして、母の80歳を祝って作られた宝座と屏風。
正殿には、崇慶皇太后の長寿と幸福を願うものが、いくつも残されています。
天井装飾|龍が描かれた天花と藻井
正殿で、時間を忘れて見上げていたのが天井です。
四角く区切られた天井には、龍の文様がずらり。
中国の伝統建築では、このように木材を縦横に組んで区画をつくり、板を張った天井を「天花(てんか)」と呼びます。
中央にある、ひときわ立体的な部分が「藻井(そうせい)」です。
藻井は、天井の一部を上へくぼませるように何層にも組み上げた装飾で、宮殿や寺廟などの重要な場所に設けられました。
寿康宮の藻井には、中央に立体的な龍が彫られ、その口元には宝珠が吊るされています。
体を丸く曲げた龍を「蟠龍(ばんりゅう)」といい、龍が宝珠をくわえるように配した意匠は「蟠龍銜珠(ばんりゅうかんじゅ)」と呼ばれます。
「銜」には、口にくわえるという意味があります。
四角く区切られた天花に並ぶ龍と、中央の藻井に配された立体的な龍。
寿康宮を訪れたら、ぜひ天井も見上げてみてください。

龍文様が並ぶ天花の中央に、龍と宝珠を配した藻井があります。
皇太后が暮らした後殿|「蘭殿延禧」に込められた願い
正殿の奥には、皇太后の日常生活の場だった後殿があります。
正殿が朝賀などを行う格式ある空間だったのに対し、後殿は皇太后の起居や休息、娯楽などに使われた寝殿でした。
現在の寿康宮では、乾隆帝の生母・崇慶皇太后が暮らした時代を中心に、当時の宮廷生活を原状陳列で再現しています。

室内には家具や調度品が並び、皇太后の暮らしを伝える原状陳列となっています。
室内に並ぶ家具と調度品
部屋の中には、榻や机、棚、香炉など、さまざまな家具や調度品が置かれています。
故宮博物院は寿康宮の公開にあたり、史料や残された文物をもとに、皇太后が暮らした宮廷空間を原状陳列として復原しています。
中央に置かれた榻。
左右に並ぶ家具や調度品。
壁を飾る書や対聯。
ひとつずつ見ていくと、皇太后の暮らしが見えてきます。
「福」の字と対聯|部屋を埋める長寿への願い
室内には、大きな「福」の字や、左右一対になった「対聯(たいれん)」も掲げられています。
対聯とは、対になる二つの句を左右に掲げる中国の伝統的な書です。
寿康宮には、皇太后の幸福や長寿を願う言葉がいくつも残されています。
写真に写っている対聯には、
福集璇図天永錫
祥開綺甲日重光
と書かれています。
清代の史料にも、寿康宮の東暖閣に掲げられた乾隆帝御筆の対聯として、この二句が記録されています。
細かな意味を一字ずつ追うと難しい言葉ですが、皇太后に天から福が授けられ、めでたい年月が重なっていくことを願った祝寿の言葉です。
部屋を見渡すと、「福」「寿」「祥」といった文字があちらこちらにあります。
乾隆帝が母のために建てた寿康宮。
建築だけでなく、室内に掲げられた言葉にも、母の長寿と幸福を願う思いが込められていました。

幸福や長寿を願う言葉が室内を彩っています。
窓辺に残る、皇太后の暮らし
華やかな文字や調度品から少し目を移すと、窓辺には榻が置かれています。

皇太后がくつろぎ、書や香を楽しんだであろう静かな時間を想像させる空間。
大きな窓から光が入り、すぐそばには低い机や調度品。
正殿で感じた皇太后としての格式とはまた違い、ここでは暮らしの場としての寿康宮が見えてきます。
窓や扉には、美しい細かな木組みの意匠も残されています。

皇太后の居室は、豪奢というよりも、静かな品格に満ちていました。
扁額、対聯、家具、香炉、榻、建具。
寿康宮が乾隆帝の母のためにつくられた宮殿だったことが、よくわかります。
まとめ|寿康宮は「皇太后の暮らし」が見える場所
寿康宮は、乾隆帝が母・崇慶皇太后のために建てた宮殿です。
正殿には皇太后としての格式があり、その奥へ進むと、日々を過ごした後殿があります。
扁額や対聯、家具、調度品。
窓辺には光が入り、細かな木組みの建具も残されています。
太和殿など紫禁城を代表する建築とは、また違った魅力がありました。
もし故宮を訪れるなら、太和殿だけで終わらず、西側にある寿康宮まで足を延ばしてみてください。
乾隆帝が母のために建てた宮殿を実際に歩くと、紫禁城が皇帝の「政治の舞台」だけではなく、人が暮らした場所だったことも見えてきます。
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